アマチュアクリエイターでフロントエンドエンジニアのコンコンタです。
仕事でも、趣味のクリエイター活動でも覚えることが多すぎて日々勉強です。
僕自身もそうですし、Twitter上のクリエイター仲間がよく「自己肯定感が無い」という話をしています。
勉強の日々に充実感が欲しくて自己肯定感を求めている人はかなり多いようです。
ですが、自分の人生を振り返ると自己肯定感が無い時間は大切だったなと感じます。
それについて、僕個人の意見を書き綴ってみます。

そもそも自己肯定感とは
読んで字のごとく
自分自身を肯定的に評価する心理のことです。
自分はすごい奴だ!とか、自分は頑張ってる!とか、自分は可愛い!とかそういう心です。
自己肯定感があれば物事は明るく楽観的に考えられるでしょうし、行動も積極的になるでしょう。
充実した人生を送れている人は、少なからず高い自己肯定感を持っていると考えて良さそうです。
無いとどうなるの
自己肯定感が無いと、日常生活から活気が大きく失われます。
特に他人とのコミュニケーションにおいてはかなり悪い影響があるでしょう。
自己肯定感がない人は「他人は自分を必要としてくれない」という前提でコミュニケーションを取りがちなので、当然消極的になります。
過剰に自分を卑下して話す事もあり、聞いてる相手にとって面白くない話をしがちです。
いわゆるめんどくさい奴みたいな印象になります。
普段自分がしているトレーニングや練習においても悪影響があり、「努力を続けても上手になれる気がしない」という気持ちが湧いてきます。
モチベーションを維持することが難しくなり、悪化すると挫折に繋がる事もあるでしょう。

自己肯定感を得る方法
自己肯定感が無い状態は充実感がなく、日々がつまらなく感じるでしょう。
なんとかして自己肯定感を得たいところですが、どうしたら高まるのでしょうか。
他人に認められている時
これが一番でしょう。
自分で自分を肯定するというのは難しく、私たち日本人は「謙遜を美徳」とする教育を受けてきているので根拠のない自信を持つのは難しいです。
しかし、他人から褒められたり、頼られる事を繰り返すと「自分は必要とされている」という感情が湧いてくるので、それが自己肯定感に繋がります。
これはSNSなどネット上の人から褒められるよりも、直接他人から褒められると効果が大きいようです。
「普通」で居られている時
自分が一般的に良いとされている生き方ができていると自己肯定感が高まります。
学校を終え、会社に入り、恋愛も楽しみつつやがて結婚して子供を作って家庭を育てていく。
このような生活ができていると自己肯定感の低さに悩むことは少ないでしょう。
結婚して子供が生まれれば親戚からは大いに歓迎されるでしょうし、同世代の人からも羨ましがられます。
上で述べた「他人に認められている」状況を作ることができ、恒久的に自己肯定感が養われます。
客観的に見て充実しているとき
自分が充実していると感じることよりも、他人から見て充実しているかどうかがポイントです。
例えば、家に一日中篭って映画を見ているのが至福の過ごし方だったとしても、一般的に充実した休日のイメージとは少し違います。
異性を交えた友達と食事をしたり、買い物を楽しんだり、流行りの音楽をライブで楽しんだりすれば客観的見て充実していると言えるでしょう。
自分は社会的に強い存在だと言うイメージを持つことができ、仲の良い友達と一緒にいることで他人に認められていると感覚を得ることができます。
自分の好きな過ごし方と、肯定感が得られる過ごし方は違うと言うのが難しいところですね。

自己肯定感が低いのはどんな時
基本的に、上で述べたものとは逆の状態です。
「非リア」っぽい過ごし方をしている時
「非リア」はリア充の対義語で、生活が客観的に充実していなさそうな人を指す言葉です。
休日に人と会わずに引き篭もっていたり、恋愛とは無縁の生活をしているとこのようなレッテルを貼られます。
他人から非リアだと言われたかどうかは問題ではありません。
自分で自分を「非リアなんじゃないか」と考えてしまうと自己肯定感が下がりがちです。
長時間一人でいる時
自己肯定感を得るためには「他人に認められる」ことがキーになるので一人でいると肯定感は下がります。
どれだけ素晴らしい絵を描いても、見せる相手がいなければ決して認められることはありません。
特に、高い目標を持って鍛錬に励んでいるとさらに激しく自己肯定感を失っていきます。
目標とのギャップの大きさから、他人だけでなく自分自身も認めることができないので過剰に自分を卑下してしまいます。

頑張っている証拠
夢を追いかけているのなら
上に書いた自己肯定感を得る方法を見てみると、概ね条件は共通しています。
肯定感を得るためには出来るだけ他人と時間を過ごすように予定を組めばいいわけです。
しかし、目標を追いかけている人には難しい話
絵が上手くなりたい人、楽器を練習している人、スポーツを練習している人
人よりも抜きん出た存在になりたいのなら自己努力は欠かせません。
リア充のような生活に使える時間は圧倒的に少なくなるので、交友関係も少なくなりがち
夢を追いかけている人の肯定感が低くなるのは逃れられないことです。
自己肯定感が低い時に成長する
スポーツでも勉強でも、人より優れた人はみんな人知れず努力をしています。
練習や勉強とは「自分が今出来ないこと」を繰り返しやり続ける作業ですので、当然自信は傷ついていきます。
自分の自己肯定感が低いと感じられるのは自分が人知れず努力している証拠です。
今はまだ上手に出来なくても、練習を続ければきっと上達していずれは人に見せられるようになります。
未来の立派な自分の姿を想像して、ただひたすらに耐えることが大切です。
一部の天才を除き、世の中のすごい人たちは少なからず孤独な鍛錬を続けているのです。
人と同じで良いのなら
他の人よりスゴイ存在になりたいと言う心と、自己肯定感が欲しいと言う心は相反するものです。
両立できるのは長年の鍛錬の後にスゴくなった自分を披露する時だけでしょう。
今はまだまだその段階には無いはずです。
自己肯定感が欲しければ普通の人と同じになる必要がある。
スゴい人になりたければ、普通の人とは違う生き方をして低い肯定感と闘う必要がある。
どちらも素敵で正しい生き方ですが、捨てなければいけないものがあります。
自分にとって何が大切かを考えて今後の人生の過ごし方を考えていきましょう。
思い返してみよう!
あなたがこれまでの人生で努力をしてきて、普通の人よりも何かスゴいことについて思い返してみてください。
そこらへんの人よりちょっと絵が上手いとか、ギターで簡単な曲が弾けるくらいでも構いません。
自分がその技術を身につけられたのは何のおかげなのかを思い出してみましょう。
その過程は、常に自信と肯定感に溢れたものではなかったはずです。
低い肯定感に耐えてきた過去の自分に感謝しましょう。
そして、今あなたの自己肯定感が低いのならそれは未来の技術につながっています。
未来の自分は過去を思い返して、きっと今のあなたに感謝していることでしょう。
努力していれば肯定感の低下は避けられないもの。むしろそれを自信に変えて頑張っていけると良いですね!